そして店内に客は、誰もいなくなった。コーヒーの香りとBGMが空間を優しく包む。昭和の歌謡曲が流れ、深煎りの豆を店主は、手で挽く。心地よい音が響く。サーバーにドリッパーをセットしてお湯を注ぐ。コーヒーは、その日ごとに味わいが違う。けれど不思議に心が安らぐのだ。
「ダンシングオールナイトだね。もんたアンドブラザーズの曲だ。」僕が、話しかける。
「さすが、よく覚えてるねぇ。このハスキーな声に憧れたよねぇ。今聞いてもいいなぁ。魂を感じるよぉ。」
〜ダンシングオールナイト言葉にすれば ダンシングオールナイト嘘に染まる〜
「仲さんは、図書館で働いていた頃から、生徒の話を聞いてあげてたんだね。上司に頼まれたりしてたの?」
「まぁ、もともと話好きだからねぇ。学校の先生じゃないっていうことが子どもたちにとっては話しやすかったんじゃないかな。あぁ、ウゥン、上司から頼まれたことはないよ。学校司書ってね、職務が決まってんだよ。大まかにいうと、図書の業務だけ。まぁ、図書館の仕事に付随してくる子ども達との関わりは許されてた。ほら、学校の先生って、勤務時間の超過が問題になっていたでしょう。でも学校司書は、勤務時間がきちっと決まっててね、退勤時刻になると、帰りなさいって指導が入ったよ。」
学校司書には、図書の廃棄や修繕などの管理、貸出や返却の業務、新規図書の購入・登録、担任の先生方からの依頼(教科書に載っている図書の購入してほしいとか、教科書の内容と関わりのある図書を学級人数分選び出してほしい、学級の子どもたちがどのくらい本を借りているのか一覧がほしいだとか…)、図書委員会の仕事の支援などの仕事があったと聞いている。
「学級担任の先生方は、みんなをきちんとまとめるっていう責任感があるからねぇ、担任がさぁ、規則や決まりにきちんと徹底してないと、学級がまとまらないよね。規律がなくなって、崩れてく学級は本当に多かったよ。我々の頃はさ、先生方の強い指導ばっかりでさぁ、耐えてこれたんだけどねぇ。今の子どもたちは耐えられない子が多いようなんだ。」
「先生方は、「困ったことがあったら、なんでも話してね。いつでも相談してね。」っていうけどさ、先生っていう立場であれば、それはもう…内容によっては、絶対に相談できないんだよ。だから、図書館にくるわけ。きっと図書館に来る子はね、学校の中で最後の居場所なんだよ。そうやってきた子にさ、声をかけずにはいられなかった。少しでも力になればと思ったんだよ。」
図書館の業務は、多岐にわたり忙しい。その中で、自分の仕事ではない、人と人とのつながりを一番大事にしてきたのが、仲さんであり、店主だ。
「でも、図書館業務を超えた相談を受けていたんでしょう。」
「うぅぅん、まあ、ね。…あの頃の学校は、行き場のない子どもたちが意外に多かったんだよ。学級担任も、校長先生たちもどうしようもなくてね、子どもたちと話をすると、図書館なら過ごせるっていうものだから、図書館にいる子が多かったんだ。もちろん課題は出されるんだけどね、やらないよね。仲さんのところに来るわけだ。初めは、課題をやることを約束してたでしょといっていたんだけどね、話を聞いたり、話したりした後の方が、気持ちが落ち着くようだった。だからね、無理に課題をさせるよりは、話を聞いて落ち着かせてあげた方がその子のためにも、学級のためにもいいかなぁって思ってさ。いろいろ聞いたよ。もちろん俺も話をしたよ。そのうち、校長先生からも非公式だけど、感謝されたんだよ。「すごいなぁ、でもなぜみんな仲さんに相談しにいくんだろう。」って疑問に思っていたようだった。」
「仲さんがさ、学校生活や学級生活に適応できない子どもたちを一手に引き受けてくれてたんだなぁ。学校を裏から支えていたんだね」
「嬉しいねぇ。それを言って欲しかったんだヨォ。当時の先生方からも言葉で伝えてもらっていたら、もっとよかったのだけれどね。」
「10年も務めるとさ、いろんな先生方がいたよ。あぁ、そうだねぇ、先生方ってさ、だいたい3年から5年くらいで変わる先生が多いかなぁ。俺がいる間に、またお世話になるよっていう先生もいたね、臨時講師だけど。んっ、ほら産前休暇でお休みに入ったりさ、病気休暇取る先生の代わりに入る先生の代わりでくる先生が臨時講師なんだけどね。」
「実に、いたなぁ。素晴らしい先生はいるよ。けどね、そうじゃない先生もいた。いろんな先生方がいたよ。うん。」
(続く)
今日も読んでいただきありがとうございます。良い1日になりますように。