【小説】喫茶店「歌澄」の述懐②

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【小説】喫茶店「歌澄」の述懐

若い女性がカウンター席に座っている。大学生くらいだろうか、何度か見かけたことはある。店主との話が弾んでいるのだろう。時折笑い声も聞こえる。

店主が図書館司書として勤めていた学校に通っていて、教室に入れず、図書室で過ごすことが多かったらしい。イラッとすると頭に血がのぼり、衝動的な行動をしてしまう。教室を飛び出したり、ノートを引き裂いたり、穴が開くまで鉛筆を教科書に突き刺したりしていたようだ。友達を怪我させてしまったこともあったようだ。人懐っこい笑顔の、でもどこか影のある女の子で、内面にそんな衝動性を抱えているようには見えない。気持ちが治ってくると、自分のしてしまったことに自分自身で気づいてしまい、嫌が応にも現実を突きつけられ、自分で自分に向き合わざるを得ない。

「やっぱりね。何も変わらないよ。やめようかな。」

「いや。優海は、大学に入学できたんじゃないか。教室に入れないって泣いてた頃から、ずいぶん頑張ってるよ。」

「うぅん。でもね、限界かなぁ。」
大学ではね、仲の良い子もできたんだ。その子はね、私の過去は知らない。私もね、その子の過去は特に聞かなかった。だって、聞いたら聞き返されるでしょ。嘘はつけないし、顔に出ちゃうのは、今でも抑えられないみたい。それでね、ほらみんなで花見しようとか、カフェでも行こうとかさ、映画とか見に行こうとか、そんな流れになるじゃない。学校っていうか、何人か同年代が集まると、しきる人がいてみんなで何かしようって話が出てくるよね。小学校の頃はほとんどの担任がそうだったなぁ。あぁ、ううん、恨んでいたりするわけじゃないの、先生たちってさ、きっとそんな風にして仲良く青春を過ごしてきたから、同じようにみんなで思い出作りすれば、仲良く学校で過ごせるって思ってるんだよね。楽しく学校で過ごして欲しかったんだなぁっていうのは、今はわかるから。ほんとは、ほっといてほしいけど。なんで楽しくもないのに笑わなきゃならないんだろう、面白くもない興味のない話に合わせて、きゃっきゃって騒がなきゃならないんだろう?みんなと一緒に行動することがどうしても生理的に無理っていう人がいるっていう事も分かってほしいなぁ。えっ、あぁうん知ってる。きっと仲さんも私と同じようなことを感じている人だろうなぁっていうのは、なんとなくわかる。それでね、誘われてもやんわり断っていたのよ。私も、成長したでしょう。だって誘いに乗ったら、何をしてしまうかわからないもの…。その時はね、しつこかったんだよ。うぅん、わかるんだよ、それも。仲良くなってきたから、もっと仲良くなろうとしてくれているんだって。でもね、カーッとなって、机の上の鉛筆を折っちゃったんだ。これは、やばいと思って逃げたの。筆記用具やらノートやらタブレットやらをカバンに投げ込むように片付けて。駆け足でその子の脇を抜けるとき、顔が引きつってた。ちょっと避けられたように思う。きっとね、私の顔も怒りの形相だったんだと思う。女の子が鉛筆折るなんてそんなシーンを、それまで見たことはないんだろうなぁ。怖がらせてしまったんだと思うんだ。…もう行きたくないなぁ、大学。

店内には、わらべの”もしも明日が”が流れている。欽ちゃんファミリーのグループだったように記憶している。当時は、歌がよく流れていた。萩本欽一は、僕はコメディアンというよりも仮装大賞の司会者として認識している。〜今日の日よ、さよなら。夢で逢いましょう。そして心の窓辺に灯、ともしましょう。〜

「優海。小学生の頃は、自分がしてしまったことを悔やんで、落ち込んでたよね。優海はね、きっと、私ってダメだ、ダメだって自分を否定し続けていたんだと思うよ、あの頃。その優菜が大学に入ったって聞いて、すごいぞ、前向きに生きようとしているんだなって思った。気持ちを180度ガラッと変えたことってすごいことなんだよ。きっとこのままじゃダメだって、変わんなきゃって、そして変わろうとしてきたんだよ。だからね、「この場から離れよう。」って考えられたんだよ.誰にでも、できることじゃない。今回はさ、鉛筆を折っただけじゃないか、ただ1回だけじゃないか。優菜が前向きに頑張っていることが仲さんにはね、嬉しいことだよ。」

続く。

【小説】喫茶店「歌澄」の述懐③

読んでいただきありがとうございます。良い1日になりますように。

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