コーヒーの香りが店内を包む。コーヒーの香りとともに、お菓子を焼いた甘い匂いが、店内に漂う。かけがえのない、とても大切な空間。ここにいてもいいんだなっていう安心感が、香りとともに店の中に漂う。店主の人柄によるものだと思う。カウンターには、スコーンが置かれている。いつものスコーンだ。見ただけで、その甘さが想像できるから、今日は、注文しない。
「一度や二度の失敗は、あるものだよ。明るくさ、この前はごめんって謝ればいい。それで、距離をおく子なら、もともと合わない子だと思うよ。同じように一緒にいてくれる子なら、きっと優海を理解してくれる友達だろうね。優海が自分を語れる友達になるかもよ。」
『でもねぇ、もしかしたらなんだけど、その子も何かを過去に抱えている子じゃないかな?んん、話を聞いててさ、ふっと思ったんだよね。顔が引きつっていた、引かれたっていうのは、もしかしたら違う事情かもよ。「私と同じだ。」とか「前の友人と同じだ。」とかさ。」
「優海はね、ずっと悩んできたことだから、心にグサって突き刺さってしまうけれど、大丈夫さ。優海の頑張っている今の生き方は、仲さんは好きだなぁ。」
「そうかなぁ…。」
「優海にとっても、その子にとってもきっとね、きっと良い経験になる。きっと君達は今よりももっと優しくて強い人になるよ。前向きに考えなよ。」
それには答えず、コーヒーに彼女は口をつけた。
「ふぅ。」
スコーンを頬張り、店主に笑いかける。店主も笑いかえす。
それ以上、その話は続かなかったけれど、どことなく彼女の表情は明るくなってきたように見える。きっと店主が彼女と関わってきた幼い頃から、ずっと同じように話をしてきたのだろう。その度に、少しずつ前向きに前向きになっていったのだろう。
「じゃあね。また来る。」
「おぅ。待ってるよ。いってらっしゃい。」
学校司書として図書館の業務に十数年携わってきたと聞いたことがある。図書の貸出や返却の業務、返却が滞っている子どもへの連絡、新刊図書の登録とお知らせ、おすすめ図書の紹介、図書館の整理・整備、季節ごとの掲示物の模様替え、破れたページや壊れた本の修繕など管理、子供達の係活動との調整、たくさん本を読む子への賞状づくり、担任の先生方からの教科関連の図書の選出の依頼など多岐にわたる。その中で、相談に来る子どもたちへの対応もしていたのだ。学校の中には、先生しか大人はいない。先生方は、学校の立場で、子供達に接する。その価値観を受け入れられない子もいる。その中で、先生ではない貴重な存在が仲さんだったのだろう。先生方には話しづらいことも、仲さんには相談したようだ。仲さんのおかげで、学校の中に居場所を見つけることができた子は少なくなかったに違いない。
〜続く〜
読んでいただきありがとうございます。良い1日になりますように。